CO.HACHIOJI元気な企業インタビュー

第64回 (株)保木野発条

数あるバネ業界でフレキシブルに対応する試作・製造メーカー

取材先 (株)保木野発条(代表取締役 保木野 茂宏)

所在地 八王子市千人町1-7-3

電話 042-661-2807

代表取締役 保木野 佳雄さん

戦後から今日までエレクトロニクス産業を担ってきたバネ業界で、いくつもの会社が時代の波に淘汰される中、現在も自社の強みを活かしながらユーザの信頼を勝ち取ってきた会社がある。それは甲州街道より一歩入った住宅街の一画にある株式会社保木野発条である。今回は代表取締役の保木野佳雄(ほきの・よしお)さんにお話を伺った。

 

 

プラスチック、樹脂、バネ・・・先代の選択は?

保木野発条は、先代が戦前に大森(現在の大田区)で創業したことに始まる。先代は、電気学校を卒業し、何を生業としようか考えた。候補にしぼった業種はプラスチック、樹脂、バネであった。先代は仲間2人とともに、侃侃諤諤の議論の末、バネ製造業を共同経営することを決意した。
 

当時、経済は不安定であったが、順調にも取引先からの受注を確保することができた。そして、取引先も徐々に拡大していき、多摩地域からの引き合いも多くなった。ある取引先(日野市)から近隣に工場を構えて欲しいとの要請があり、八王子市大横町に工場を構えることになった。その当時は流通手段や部品調達、バネ製造業者も少なかったこともあり、試作ができるフレキシブルな企業が重宝された。

 

八王子市千人町に立地する(株)保木野発条

 その後、大森の工場は空襲により焼失。八王子が本社となったが、本社工場も焼失してしまった。たまたま千人町に社宅を保有していたことから、同所を工場として改築、操業し、保木野社長が二代目の技術継承者として現在に至っている。
 
 
 

 

発条とはぜんまい・バネのことである

写真上は、バネ公差試験機。下は、工場長がカスタマイズした成形・切断機である。

一見、素人目には素材がただ均一に巻かれているだけかと思いがちだが、とんでもない話である。バネを巻くには素材のもつ特性や残留応力など、知識と工夫、そして長年の技術の勘所が重要なのである。

バネの素材は主にステンレスやピアノ線が使用されている。この長い1本の線材を螺旋状に巻きつけて切断し、バネが誕生するわけだ。量産の場合は機械で対応できるが、試作や小ロットの場合はどうしても職人の手に頼らざるをえない。回転する機械に手で均一に、許容される公差で巻きつけていくわけだから神業である。ここまでの域に達するまでには早くて5年から10年の技術経験が必要になるという。

 
 バネというのは技術・製品の差別化が難しい。発注者からのオーダーメイドを中心とするこの業界では、予め余剰在庫を抱えることはできない。まず数個の試作を作り、そして大量生産に移るわけだ。
 

しかし現在は、機械に組み込まれる機構部品が電子化され、なおかつ生産ラインが海外へシフトしている。コストだけでなく技術力も向上してきているアジア諸国に対し、「品質」、「技術」の高度化を図るだけでは差別化できないところまできている。1個当りの単価が厳しい状況の中で、保木野発条ではどのような事業展開を図ってきたのだろうか。

 

 

ITが変えるバネ業界

保木野発条では、航空機向けのコネクタやシステムリレー、ボタンスイッチ用バネなど、これまで多くの産業製品にバネを供給してきた。取引先は電子機器製造メーカーから官公庁まで実に幅広い。この事からも保木野発条の技術の信頼性と実績は裏付けられている。
 

現在は量産品も手掛けつつ、オーダーメイドのバネを製造している。しかし、商慣習が昔と大きく異なって、今ではネットを通じて図面が送られ、人を介することなくオーダーが入る時代。したがって、日々オーダーが入ってくるが、反面、先が読めない状況であるという。

 
 

バネ加重試験機。これでクライアントの要望に沿った強度のバネかどうかを試験して出荷する。

 
 保木野社長は、「ITが普及し商取引が大きく変わってきた。購買担当が事務的に発注することが多く、便利になった反面、顔の見えない相手との取引や単価重視の取引も多くなった。人と人とのFace to Faceやコミュニケーションは大切にしたいですね。」と苦笑いを見せた。
 

確かに、全国的に見てバネ業界にもIT化が積極的に推進され、いくつかの企業がITを活用した成功事例を挙げている。

 

 
 

 

ユーザからの信頼とフレキシブルな対応を第一に

オーダーメイドの熱処理機。相当年季が長いものだが、温度調整などノウハウの固まりだ。

本社工場では、バネの反力を測定する荷重試験機や量産型の機械設備(轆轤や熱処理用の電気炉など)が所狭しと並べられていた。中でも工場長が長年にわたり徐々に改良を続けてきたオーダーメイドの自動曲げ機や半自動巻線機が現役でフル稼働している。

「この業界はすき間産業なんです。今後、国内需要が減少する中で、高品質・高付加価値の製品を作ることが一層要求されます。これに対応するため、当社は受け継がれてきた技術とフレキシブルな対応、そしてなによりユーザからの信頼を第一に考え、エンジニア(ユーザ)の設計に対してコンパクトかつ高性能なバネを製造することで少しでも差別化を図っています。」と保木野社長。こうして永年培ってきたノウハウと信頼が保木野発条の最大の“強み”なのである。

 

 

 

積極的に資格・知識習得を奨励

保木野発条では、社員に対して積極的に資格や知識習得を奨励している。税務知識から技術資格まで社員一人ひとりのスキルアップを図り、社員一丸となって会社を盛り立てている。それは現場を見ると社員の皆さんの仕事に取り組む姿勢で感じ取ることができる。
 

過酷な業界の中で、躍進し続ける企業がここ八王子に存在することを改めて誇りに感じる。

 

多品種少量生産を中心とする保木野発条。これは量産品の一つだが、様々な大きさ、形状に対応するフレキシブルさが強みだ。

 

 
編集後記
 
今回の取材で、普段何気なく利用しているモノの一つひとつの裏側で、文句も言わずに伸び縮みし続ける陰の実力者バネというものが活躍していることに改めて気がつかされた。そして、その製造現場を拝見し、技術者の匠の技が活かされていることに脱帽。どんなにモノ自体が電子化されても、要所要所に必ずバネは必要となる部品である。今後、バネ業界がどんな展開を向かえていくのか見守り続けたい。
 
 昨今騒がれる後継者育成や事業継承は、経営者の高齢化が進み、貴重な技術力がそのまま消えてしまう。そんな中で、保木野社長には喜ばしいことに三代目になろうご子息が今年入社された。中小企業の後継者問題はどの業種も抱える深刻な問題。厳しい業界ではあるが、三代目にもこの技術を活かし続けて欲しい。
 
(取材日2004年6月5日)