CO.HACHIOJI元気な企業インタビュー
第109回 染み抜き屋
『誇りとお客様の想いを胸に、挑戦を続ける』
取材先:染み抜き屋(代表取締役 吉村 誠 氏)
運営元:㈲吉村ドライ工場
所在地:東京都八王子市宇津木町723-2
業 務:一般クリーニング及び宅配クリーニング業
URL:①cleaning.shiminukiya.jp/(HP)
②shiminukiya802.jimdofree.com/(ECサイト)
ファストファッションに代表する低価格帯の衣類の増加や、家庭用洗濯機の高機能化等で利用客が年々減少し、閉店に追い込まれるクリーニング店は少なくない。
クリーニング業界が衰退産業へと傾く中、宅配クリーニングで急成長を遂げる会社が八王子にある。
宇津木町に拠点を置く「染み抜き屋」だ。
八王子市内のクリーニング店としても地元客には絶大な信頼を集めるが、同社が手掛ける宅配クリーニングもまた評判が評判を呼び、全国的にファンが拡大している。
今回は代表の吉村氏を取材し、仕事への向き合い方やこれまでの経験について語っていただいた。
“想い”を託されている
顧客から預かった衣類などをキレイにして顧客に返却するクリーニングの仕事。一見、単純に見えるが、染み抜き一つとってみても、繊維や汚れの性質に応じて多岐にわたる薬剤を使い分ける“緻密さ”が求められる。安易に行うと汚れが落ちなくなったり、生地に致命的な損傷が起きるリスクがあるため、汚れの状態によっては染み抜きを受付ないクリーニング屋もある。
日本最大染み抜き流派の『不入流(いらずりゅう)』師範でもある代表の吉村氏は、一般クリーニングでは落とせない汚れが付いた衣類たちの最後の守り手と呼ばれる程、顧客から信頼を得ている。
「どのお客様も切実な想いを持ってうちにご依頼されます。その想いに応えられるような世界一のクリーニング屋を目指しています」と覚悟を語る吉村氏。
吉村氏の技は、品物本来の輝きだけでなく、持ち主との思い出や歳月までをも蘇らせる。
全国にファンが拡大する“おもてなしクリーニング”
「染み抜き屋」のサービスは、化粧品やペンキ、機械油などの一度付着すると落ちづらい汚れはもちろんのこと、汗汚れやタバコの臭いやワイシャツのボタン割れまで幅広く対応し、全工程を自社工場で行う“おもてなしクリーニング”が最大のウリ。そのサービスを全面に打ち出した宅配クリーニングは客の心をつかみ、全国各地から依頼が殺到する。
宅配クリーニングを始めたきっかけはブログだった。
「染み抜き前後のいわゆるビフォーアフターを様々な人に見ていただきたいと思ってブログを始めました。それを続けていくうちに、フォローをしてくれる人やコメントをくれる人が増え、そのうちに実際に染み抜きをしてほしいとお洋服を送られてきたのが宅配クリーニングを始めたきっかけです」と語る吉村氏。
だが“宅配“である以上、顧客とのコミュニケーションの手段は対面時よりも限られる。
お互いの顔が分からないまま依頼されることも多い。
そのような中、顧客に安心して依頼していただくために、吉村氏は染み抜き以外の部分も一切手を抜かない。
「依頼完了後にお渡しする箱の中にお品物を入れる際はシワにならないよう細心の注意を払いながら丁寧に梱包しており、お客様のもとにお返しする最後の部分まで意識しています。そういった細かな点を含めてお客様にご安心いただけるよう、“おもてなし” の心をもってクリーニングさせていただいております」
どんな依頼品も持ち主にとっては思い出があり、物語のつまった1着。
その一つひとつの想いに吉村氏は真剣に向き合う。
匠の技の起源“不入流”
もちろん、宅配だけでなく来店での依頼も受け付けている。
衣類や汚れの状態によってはその場で染み抜きを行っていただける。
その迅速ながら丁寧な仕上がりには目を見張るものがあり、まさに匠の技と言えよう。
匠の技の起源は「不入流」にある。
「不入流」とは、高知県に本山を構える染み抜き技術に関する流派の一つで、着物の紋を描く技法を染み抜きに応用したものである。
同流派の持ち味は「スピード」だ。
素早く処理をする事で生地になるべく負担をかけずに安全に染み抜きを行う事が可能で、素材の種類に合わせた最適な染み抜き方法により大切な衣類を傷める事なく汚れの部分のみを素早くキレイに仕上げる。
さらに、このスピードがリーズナブルな価格にも繋がっている。
「職人の仕事と言えば、時間をかけてじっくりとやるイメージをお持ちの方が大半だと思います。ただ、それでは一個のシミを落とすのに高い人件費がかかってしまう。お客様にお手頃な価格で提供するためには、いかに早くきれいに落とすかも大切になってきます」と吉村氏は話す。
突然の承継
同社は吉村氏のご尊父が1965年に創業。吉村氏は2代目となる。
もともとは建設業の会社でサラリーマンをしていた吉村氏だったが、父が病に倒れたのをきっかけに20代で事業を承継する。
当然、継ぐことに対して戸惑いはあったと言う。だが、同社が抱える多くの従業員を路頭に迷わせるわけにはいかず、覚悟が決まらぬまま継ぐこととなった。
「父からは前々から継いでほしいと言われていましたが、母からは好きなことをやれと言われており、自分の中でも継ぐとしても30代ぐらいだろうと考えていました。しかし、20代のときに父が急に倒れてしまって、覚悟もへったくれもない中で継ぐことになりました。もちろん戸惑いは大きかったです」
さらに、当時はバブル崩壊後で景気が衰退しており、クリーニング業界もその例外ではなかった。右も左もわからない中で吉村氏は会社の存続や雇用の維持などの全責任を負わなければならず、不安に押しつぶされる毎日だったという。
「クリーニング屋としてどういう風に形を変えなければいけないのかとか、どう雇用を守っていくのかとか、どれだけ頑張っても職人さんにリストラで辞めてもらわなければならないときがあったりして、20代の当時の自分には相当辛い経験でした」と振り返る。
不入流との出会い
クリーニング需要が全国的に衰退していく中、クリーニング屋としてできることに限界を感じていた。
そんなとき、取引先からの紹介をきっかけに「不入流」と出会う。
その技術の高さに吉村氏は今後の経営に光明を感じたという。
「斜陽産業の中で雇用を守らなきゃいけないプレッシャーに押しつぶされそうになっていましたが、不入流との出会いから染み抜きを軸とした新しいビジネスモデルに作り変えられるなという希望が見えてきました」
それから吉村氏は不入流の習得にとことんのめり込み、今では師範にまで至る。
現在はその高度な染み抜きの技術力を生かしたサービスにより、一般の顧客だけでなく大手美容室チェーンやアパレルメーカーから依頼が舞い込むまでの成長を遂げている。
スタッフ目線で行う徹底的な職場環境の向上
経営者としての使命に限りはないが、その中でも「スタッフが持つ個々の能力をいかに引き出すか」は多くの経営者の頭を悩ませる。
だが、染み抜き屋のスタッフは一人ひとりが高いプロ意識と能力を持っている。
その秘訣を吉村氏に尋ねたところ、「職場環境向上の徹底」にあるという。
「スタッフのみんなの様子は常に気を付けて見ています。人員配置や仕事の割り振りが上手くいっていないと必然的に負担に偏りが出てきます。それを原因に退職者が出てしまうとさらに負担の偏りが大きくなり、退職者がまた出てしまうので、そのような負のスパイラルに陥らないよう意識しています」と吉村氏は語る。
また、2021年12月に区画整理事業に伴って新店舗に移転した際、設備にはこだわったという。
「旧社屋の作業場は暑いときは50度近くまで室内の気温が上がってしまうこともあり、働く環境としてはお世辞にも良いとは言えませんでした。だから新店舗を建てる際には換気やエアコン等の配置を徹底的に考え、涼しくなるようにしました。実際に、職場が涼しくなったことで働きやすくなり、社内の人間関係にもプラスの影響を与えていると思います」吉村氏のスタッフを大切にする信念がひしひしと伝わってくる。
そんな吉村氏の信念が伝わっているからだろう、スタッフの皆さんと吉村氏には打ち解けた和やかな雰囲気が感じられる。
環境変化の波に乗る
そんな吉村氏に今後の展望について伺った。
「クリーニング需要が落ち込んで市場規模が縮小してはいますが、大事なモノを綺麗にしたいという気持ちがなくなることはないと思っています。そんな一人ひとりの皆様が抱える想いにしっかりと応えられるよう、染み抜きを核としつつ事業の形を変えながら永続的にやっていきたいと考えています。現在は染み抜きの技術を応用して、ご家庭で汚れを簡単に落とせる染み抜き剤と撥水剤の製品販売も手掛けており、ゆくゆくは宅配クリーニングとともに事業の柱にしていきたいと思っています」
実際に同社が手掛ける撥水剤を試させていただいたところ、市場に出回っている既存商品との違いに驚いた。
一般的な撥水剤には油性溶剤が使われており、独特なニオイもあって危険なイメージがあったが、この撥水剤は水溶性のため、ニオイもなく室内での使用可能であることに加え、撥水効果も非常に高いものとなっている。まさに新時代の撥水剤といっても過言ではない。
逆境のときこそ前向きに
最後に吉村氏に経営の流儀を尋ねた。
「とにかく、“他人や環境のせいにしない“っていうのは私自身のモットーにしています。クリーニング業界全体が落ち込んでいるのは仕方がないとしても、そこで立ち止まっていたら状況は何も変わらないどころか悪くなる一方です。だから、逆境に直面した時こそ諦めないことが肝心だと思っています」
「それに、新事業を始めるのって楽しいんですよ。宅配クリーニングも新事業として始めましたが、軌道に乗ってくるとどうしても日常の繰り返しのような状態になってきてしまいます。そんな中で新しく今回の染み抜き剤と撥水剤を手掛け始めたことにより、モチベーションの向上にもつながっています。新事業がどのように発展して広がっていくのかを想像するとワクワクしてきます。今後も自分がワクワクする方向は何かを模索し、行動し続けることで道を切り開いていきたいと考えています」
編集後記
クリーニング業界の市場規模は、ピーク時だった1992年と比較すると大きく減少している。厚生労働省「令和4年度 衛生行政報告例の概況」と総務省の家計調査によれば、クリーニング所+取次店はピーク時の約半数にまで減少、総需要は約3分の1にまで落ち込んでおり、業界全体として厳しい状況にある。そんな中で現在も活躍する染み抜き屋だが、変化や失敗を恐れずに挑戦し続ける姿勢が成功の一因にあると考えられる。技術を追求し、そこからさらに発展させて自社の強みに磨きをかける同社。今や揺るがない覚悟で経営に挑む吉村氏を心から応援していきたい。
(取材日2024年5月22日)